東京地方裁判所 平成元年(ワ)15589号 判決 1991年12月25日
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金三二八万六七一八円及び内金二九八万六七一八円に対する昭和六二年三月五日から、内金三〇万円に対する平成元年一二月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
第三 《証拠略》
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 被告春夫に対する請求について
一 《証拠略》によれば、請求原因1の事実が認められる。
二 請求原因3について検討する。
1 入院治療費 八七万二六九〇円
《証拠略》によれば、請求原因3の(一)の事実が認められる。
2 入院雑費 九万九〇〇〇円
右認定事実によれば、原告の入院日数は少なくとも九九日となるところ、右入院中の入院雑費は、合計九万九〇〇〇円(一日当たり一〇〇〇円)と認めるのが相当である。
3 通院治療費 四万八一〇〇円
《証拠略》によれば、請求原因3の(三)の事実が認められる。
4 入、通院交通費 八万九一四〇円
《証拠略》によれば、請求原因3の(四)の事実が認められる。
5 休業損害 一六八万六三二〇円
《証拠略》によれば、請求原因3の(五)の事実が認められる。
6 逸失利益
《証拠略》によれば、原告は、本件加害行為により、従前は一・〇であつた裸眼視力が〇・〇一にまで低下し、右視力障害が後遺症として残つたことが認められる。右視力障害は、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表の後遺障害第八級一号に該当するものではあるが、《証拠略》からは、原告は、視力障害が残つた後も引き続き有限会社丙川製作所に勤務していることが窺われるのみで、視力障害の後遺症固定後にこれにより原告の収入が減少したことを窺わせるものはなく、他にも、右後遺症により逸失利益が生じたことを認めるに足りる証拠はない。
7 後遺症慰謝料 六六〇万円
前項で認定した後遺症の内容、程度その他諸般の事情を勘案する(証拠上逸失利益が認められない点は後遺症慰謝料において勘案するものとする。)と、後遺症慰謝料としては六六〇万円が相当である。
8 入、通院慰謝料 一六〇万円
原告の受傷の内容、入院日数、通院期間、実通院日数その他諸般の事情を考慮すると、入、通院慰謝料としては一六〇万円が相当である。
三 抗弁1について検討する。
《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 被告春夫は、昭和六二年三月四日午前八時すぎころ、北方から南方に向け自動車を運転して本件交差点に差し掛かつたが、前方の信号が赤であつたため、同交差点手前で停車し、信号が青に変わつた後、進行し始めたところ、原告が北方に向けて右折すべく同交差点に進入してきたため、双方の車が鉢合わせの状態となり、双方とも同交差点内で停車した。
2 被告春夫が原告に下がるよう求めたところ、原告は、本件交差点の中央部に自車を停車させたまま、運転席から降り、被告春夫の運転席ドア付近に近づいた上、いきなり窓越しから被告春夫の眼鏡を奪い取つた。被告春夫は、車から降りて、眼鏡を返すよう求めたが、原告は、これに応ぜず、被告春夫の着ていた作業ジャンパーの襟をつかんで押しながら、被告春夫を本件交差点付近にあつた駐車場まで連れていつた。
3 その後、本件交差点内に車が止まつたままになつていたことから他の車がクラクションを鳴らし始め、原告も手をゆるめたので、被告春夫は、自車に戻り、車を交差点内から出し、前方の道路左側に停車させた。原告も、自車に戻り、右折した上、前記駐車場付近に車を停車させた。
4 被告春夫は、前記駐車場のところまで歩いて行き、原告に対し眼鏡を返すよう求めたが、原告は、これに応ぜず、被告春夫の体を掴み、同人を地面に投げつけるという暴行を加え、更に、投げつけられ仰向けとなつた被告春夫の上に馬乗りとなつて、両手で同人の肩を押さえつけた。被告春夫は、原告を振りほどくべく手を振り回すなどして暴れたところ、間もなく立ち上がることができた。
5 その後通行人が止めに入つたため、原告、被告春夫とも、以後は相手方に対し暴行は振るつていない。
以上の事実が認められる(なお、原告は、本人尋問において、前記駐車場における原告及び被告春夫の行為につき、「原告は、被告春夫の言葉遣いや態度が悪いので諭そうとしたところ、被告春夫は拳でいきなり殴りかかつてきた。被告春夫は、片方の腕で原告の首を押さえ、下から突き上げるようにして原告を十数発殴つた。原告は、被告春夫に馬乗りして同人を押さえつけたりしてはいない。」との、被告春夫が一方的に暴力を振るつたとの趣旨の供述をしている。しかしながら、原告が被告春夫を投げつけ、同人に馬乗りになつたとの前記認定事実は、被告春夫のみならず、その現場にいた丁原梅夫も、尋問において明確に供述しているものであることに照らすと、原告本人の前記供述をそのまま採用することはできない。)。
右認定事実によれば、第一の一で認定した原告の顔面に対する被告春夫の殴打は、被告春夫が馬乗りしてきた原告を降りほどこうとして暴れた際になされたものであると推認することができる。そして、右殴打は、被告春夫を地面に投げつけ、馬乗りとなり肩を押さえつけてきた原告に対してなされたものであることに鑑みると、原告の一連の暴行から逃れようという防衛の意思によりなされた防衛行為と認めるのが相当であるが、右殴打が右眼の網膜剥離という結果を引き起こす程度のものであつたことに照らすと、本件加害行為は、正当防衛として許容される防衛の程度を越えたものであつたというべきである。以上によれば、正当防衛の主張には理由がないが、本件加害行為は過剰防衛に当たると認めることができるから、過失相殺の法理に鑑み、原告の損害から一定額を控除するのが相当であり、その控除の割合は、前記認定にかかる原告の被告春夫に対する加害行為の態様等に照らすと、七割と認めるのが相当である。
そうすると、二項で認定した原告の損害の合計額は一〇九九万五二五〇円であるから、右控除後の損害額は三二九万八五七五円となる。
四 抗弁3について検討する。
抗弁3のうち、被告らが原告に対し、昭和六三年一月一四日、昭和六二年三月から同年一二月までの間に本件加害行為により生じた損害(なお、右損害は本訴においては請求されていない損害である。)への弁済として、四四万五五一〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。しかるに、原告に生じた損害のうち、被告が支払義務を負うべき損害は三割に相当する部分であることは前項で認定したとおりであるから、右金員の七割に相当する三一万一八五七円は過払となるところ、右過払分については当然に未払損害額に充当されると解するのが右支払時における当事者間の合理的な意思解釈ということができるから、原告の残損害額は、前項の損害額から右過払分を控除した二九八万六七一八円となる。
なお、被告らが右四四万五五一〇円を越える額を原告に対し支払つたことを認めるに足りる証拠はない。
五 請求原因3の(九)につき検討するに、本件加害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、三〇万円と認めるのが相当である。
第二 被告松夫、被告竹夫に対する請求について
一 《証拠略》によれば、請求原因1の事実が認められる。請求原因2の(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁2について検討する。
1 抗弁2の(一)の主張について
本件加害行為につき正当防衛が認められないことは前記認定のとおりであるから、右主張には理由がないというべきである。
2 抗弁2の(二)の主張について
右主張は認めるに足りる証拠はなく、かえつて、《証拠略》によれば、本件合意をなすに当たり交わされた覚書には、原告の負傷部位については未だ症状が固定していないとか、原告は、近日中に入院の上、手術を受ける予定があるとか、損害額については原告の症状が固定次第、協議の上決定するなどといつた記載がなされていることが認められ、右認定事実に照らすと、右主張は認め難いというべきである。
三 請求原因3、抗弁1、3に対する判断は、第一で述べたとおりである。
第三 結論
よつて、原告の被告春夫に対する民法七〇九条の損害賠償請求権に基づく請求及び原告の被告松夫、被告竹夫に対する本件合意に基づく請求は、三二八万六七一八円及びこのうち弁護士費用を除く二九八万六七一八円に対する本件加害行為の日の翌日である昭和六二年三月五日から、弁護士費用三〇万円に対する平成元年一二月二〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田俊雄)